波乗りクリニック

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牧歌的だった第1回大学入試センター試験

約 1 分

mobile 今日はセンター試験初日。大雪になっているところもあるようですが、なんとか無事に終わってほしいものです。

 1990年1月、私は記念すべき第1回大学入試センター試験を受験しました。

 会場は当時の自宅から徒歩5分の国立大学です。むしろ敷地内に入ってから試験会場の建物までの方が長い!
 子供の時から学園祭やその他で、何かにつけて出入りしています。へたに授業に出ない学生よりも、よく知っていたかもしれません。
 そんな恵まれた条件でリラックスして受験することが出来ました。

 初日、会場に入り、主任の試験監督を見ると、腰から大きな電話機がぶら下がっています。どこかで見たような人です。その少し前にNHK特集に出ていて、ファジィ理論(”1/f ゆらぎ”というやつです)で有名になった、工学部の教授のような気がします。テレビで見た人も、当時発売されたばかりの(今から考えると笑ってしまうくらい大きい)携帯電話を腰からぶら下げていました。

 きっとそうに違いない!ちょっとテンションが上がります。携帯電話の実物を間近に見るのもはじめてです。なんとなく幸運の星が回ってきたような気がしました。

 その先生は試験が始まる直前まで、ダンベルのような携帯電話で、なにやら話しています。いまなら完全にアウトです。ちなみに今は、万が一の間違いをなくすため、試験官個人の携帯電話や電子機器類は、試験監督控え室に置いていくよう、しつこく促されます。マナーモードでも持ち込み不可です。会場内での携帯使用は、試験監督でも完全NGで、各会場への連絡は事務職員による伝令に頼っています。

 最初の科目が始まる直前(確か英語だったと思います)、試験手順の説明を終えた試験監督がおもむろにいいました。

 「私は皆さんとは初対面だし、これからも関わらないかもしれないが、せっかくだからこの私の試験会場で受けた人たちには、みんな実力を出し切っていい点を取り、それぞれ希望の大学に合格してほしい」と。

 試験監督の先生には何気ない一言だったかもしれませんが、私はとてもうれしくなり、俄然やる気が出ました。前回に受けた共通一次試験の時には、そんな試験監督はいませんでした。そのためか、一日中集中力が途切れず、とても手応えのある試験になりました。

 今ならばこんな発言はなるべくしない方がいいのです。励ましても、足を引っ張ってもいけません。試験監督は野球の審判のごとく「石ころ」にならなくてはなりません。下手をするとカンニングを幇助したと疑われたり、よかれと思って変な発言をして、受験生に心理的動揺を与えてしまうからです。また、それをマスコミにかぎつけられるとやっかいです。とにかく何もしないことが、平穏無事に終えるコツでしょう。
 ただそれでは少し寂しい気もしますね。

 その試験監督はとにかく自由でした。試験中、何度か携帯電話が鳴り、難しい話をしながら部屋を出たり入ったりします。いまなら完全に新聞沙汰でしょう。しかし当時は牧歌的でした。私も全く気にならず、かえってそんな自由な試験監督で良かったと思います。

 今となってはその試験監督が、本当にファジィ理論の先生だったかはわかりません。なんか違うような気がしますが、それ自体は問題ではなく、私がそう思い込んでいたことが何より幸せなことだったのだと思います。

 「もしも私が将来同じ立場に立ったら同じようにしよう!」そう思いました。(ペイフォワードですね)

 はたして十数年後、その時がやってきたのですが…、それはまた別の話。