波乗りクリニック

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「臨床医学は、科学に基礎を置く技術である」

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科学的発見の論理「臨床医学は、科学に基礎を置く技術である」 
ウイリアム・オスラー(平静の心:「教師と学生」から抜粋)

 オスラーの名言です。

 核兵器の恐怖、耐性菌の蔓延、環境破壊、福島の原発事故などを経験して、今の科学は自信を失っているように見えます。

 では、そもそも科学とは何なのでしょう?

 私は「新しい知識によって変化し続けるもの」と考えています。毎日新しい知見が生まれ、医学的な常識は変化し続けます。昨日の常識は今日の非常識に、今日の非常識は 明日の常識となります。これこそが「医学が科学だ」と言える証拠だと思います。

 科学哲学者のカール・ポパーが、著書「科学的発見の論理」のなかで提唱した、「反証可能性」という言葉があります。
 平易な意味では「どのような手段によっても間違っている事を示す方法が無い仮説は科学ではない」と説明されます。

 つまり、「新たな発見があれば、それに合わせて意見が変わる」、それこそが「科学だ」ということです。

 特定宗教の教義は何があっても変わりませんし、政治的イデオロギーも同様です。しかし科学は変化・進化します。変化・進化のないものは科学とは呼べません。

 医学も科学の一分野ですから、新しい知見があればそれに合わせて考えを変えていきます。治療方法もどんどん変化して、ときとして数年前に行われた治療がひどく犯罪的に見えることもありますが、その時代時代に合わせた最善策なので、歴史を後から振り返って断罪することは避けねばいけません。大事なのは冷静で感情を抑えた分析です。

 「地獄への道は、善意で敷き詰められている」という有名な言葉がありますが、基本的に医療者が善意で行っていても、そのことが後に批判されることも多々あります。

 たとえば、いまはインフルエンザが流行期に入り、私も毎日のように反射的にタミフルを処方していますが、これが本当に正しいのか、現時点ではわかりません。特に、予防投与を迫られたときは、ついつい立ち止まり、逡巡してしまいます。

 2009年に新型インフルエンザが流行し、日本中の医療関係者を震え上がらせました。水際作戦は失敗に終わりましたが、抗ウイルス薬の積極投与を行った日本の死者数は200名にとどまりました。米国では16,700名が死亡していることを考えると、日本の志望者数は際だって少ないのです。(日本のタミフル使用量は突出しており、世界中のタミフルの7割を日本で消費していると言われています。)

 ただ、これも純粋に抗ウイルス薬のおかげかどうかは、今後検証を続けなければわかりません。たとえば今思いつくだけで、「栄養状態や医療以外の衛生環境の違い」も、考慮する必要があるからです。

 今後も新しい知見が得られ、常識が変化していくことと思いますが、これは医学が科学の一部だから可能なことです。

 医学・科学は万能ではありませんが、非常に有能・有用なのです。