波乗りクリニック

一般内科・心療内科・在宅医療

アンチ・スティグマ

約 1 分

断酒への道 毎日、アルコール依存症の患者を診察しているのですが、改めて思うのは「スティグマ」の根深さです。

 「スティグマ」とは直訳すれば「烙印」ということになりますが、この言葉はあまり好きになれないので、いつもは「誤解」という言葉で表現しています。

 たとえば「認知症」の場合、官民一体となった啓蒙活動で、誤解は薄れつつあります。私が医師になった頃には「老人性痴呆症」、「老人ぼけ」といわれ、当たり前のように使っていました。特に悪気もなく、「二度わらし(子供がえりすること)」といういわれ方もしました。
 こういった呼称をやめたときから、少しずつ世間の認知症に対する変化が見られ、今では「誰でもいずれは発症する病気」、「人格を大事にしなければならない病気」という風に少しずつ認識が改善しています。(注:医学用語としての「認知」は周囲を認識する意味で使われますので、厳密な意味で「認知症」とは別物です。このため「認知症」の病名を好ましく思わない人もいて、私も一理あると考えています)

 認知症と病名を変更してからは、自由に発言できるようになり、病気に対する理解が進んで行政も動きやすくなりました。ちなみに「統合失調症」も以前は「精神分裂病」といわれ、誤解されていた疾患です。

 アルコール依存症も昔は「アル中(アルコール中毒」といわれていました。「依存症」という病名に変わったのは、「スティグマ」対策ではなく、「中毒」と「依存」を分離させる医学的な目的によるものです。(短時間に大量のアルコールを摂取することで起きる「急性アルコール中毒」はまだ病名として残っていますが、これには侮蔑的な意味合いは感じられません。「食中毒」の一種でしょうか?)

 少し脱線しましたが、アルコール依存症をはじめ、各種依存症には「スティグマ」がつきまといます。とくにアルコールの場合は周囲が迷惑を被ることが多く、「酒に飲まれるのはだらしない人だ」、「意志が弱い」と、本質とは離れたレッテル張りが横行しているようです。

 依存症は医学的にみると脳内の報酬系回路が過剰に反応してループが回っている状態であり、人格の問題ではなく、あくまで「神経疾患」です。一般社会ではこのことに理解がなく、そのことが「スティグマ」を生む要因になっています。実は医療者側も、(ともすれば私も)無意識のうちに「スティグマ」を焼き付けている場合があります。

 そして、一番の問題は患者自身がアルコール依存症に対して「スティグマ」を抱えていることです。「依存症は否認の病」といわれますが、このことが治療を困難にしているのです。

 「依存」という言葉はなにか「意志の弱さ」、「人格のだらしなさ」を感じるように思えます。言葉狩りをするつもりはありませんが、「依存症」という言葉を何かうまい言葉に置き換えれば、患者自身も治療に前向きになれると思うのですが、いかがでしょうか?

 また、世間一般でいう「依存症」と、精神科からみた「依存症」は概念の乖離があるように思えてなりません。また一般精神科医と、依存症を専門にしている精神科医との間にある認識のずれもあるように感じます。
 (これらは説明するのが非常に難しいので、今回だけでは説明しきれません)

 私は「かかりつけ医」の立場からこれを理解し、うまく橋渡しして、「スティグマ」がなくなるよう務めたいと思います。

 この「アンチ・スティグマ」という言葉ですが、あまり「アンチ」という語句が今ひとつ好きになれません。余計な対立軸を作り出し、よりスティグマが強くなってしまう危惧があります。なにか良い言葉はないでしょうか?
 対立するよりも相手を理解して包み込んだ方が良いと思います。