波乗りクリニック

一般内科・心療内科・在宅医療

新聞配達の終わりに

約 1 分

matu175 中学1年の冬、私は毎朝新聞配達をしていました。夜9時には就寝し、朝3時に起きて販売店に向かいます。特に期限は決めず、ずっとやっていくつもりだったのですが、ある日突然、そんな生活に別れを告げる時がやってきました。

 当時、私が担当していたのは某企業の社宅です。同じ構造の4階建てのアパートが何棟もずらりと並んでいます。自転車を階段の前にとめ、1階から4階まで駆け上がり、下っていきながら次々に投函していきます。まだ中学生くらいだと身のこなしが敏捷ですから、だんだん慣れてくると階段を何段も飛ばして駆け降ります。一番寒い時期に毎朝それを繰り返しやっていました。

 2月末のある日のこと、学校にいるとき膝に違和感を感じるようになりました。お昼休みくらいだったでしょうか。最初は片方だったのですが、下校時間くらいになると両方の膝に痛みが出てだんだんと強くなり、とうとう自分一人では歩けなくなってしまいました。

 近くの外科医院を受診したところ、診断は膝関節の炎症とのこと。痛みが治まるまで、湿布と鎮痛薬で安静です。動かなければ痛みはありませんが、二足歩行は困難です。当然バリアフリー住宅ではありませんので、トイレに行くのも一苦労です。和式便器にかぶせて洋式にする器具を買ってもらい、それで対応しました。
 結局、2週間学校を休み、私の稼いだバイト代は治療費諸々に消え(むしろマイナスで)、新聞配達もやめることになり、販売店を始め多くの人に迷惑をかけてしまいました。働くというのは、そう生半可なことではありません。子供ながらもそのことを痛切に思い知らされ、勉強になりました。

 反面、膝関節炎になって良かったのは「動けないつらさ」を短期間でも体験できたことでした。それまで当たり前と思っていたことが当たり前でなくなり、「失ったとき」にその有り難みがわかります。寝ていた2週間の間はずっと「ほかは何もいらないから、立って歩きたい。これ以上望まないから自分の意思で、行きたいときに行きたい場所へ行けるようになりたい」と考えていました。「ちゃんと勉強もするし、家の手伝いもするから」と。

 振り返るとたったの2週間ですが、そのときは先が見えず、未来永劫こんな時間が過ぎていくのかと思って、落ち込んでいたのです。

 ある日を境に出現したときと同様、急速に痛みが引いていき、なんとか歩けるようになりました。しかし、いざ歩けるようになると、動けなかったつらさは忘れてしまい、また元の自堕落な生活に逆戻りです…。

 いまは「上りは階段、下りはエレベーター」を心がけ、階段を降りるときには、意識的にゆっくり降りるようにしています。自分では「これくらい大丈夫」と思っていても、身体が悲鳴を上げていることがあるかもしれません。そうならないように日頃から注意を配る必要があります。やはり日々の積み重ねが大事ですね。