波乗りクリニック

一般内科・心療内科・在宅医療

秋吉台と衣替え

約 1 分

ワインディングロード 今日も衣替えネタです。

 だいたい高校生までは衣替えの期間が決まっていて、私が子供時代を過ごした北九州では、5月下旬が移行期間、6月1日から夏服になるのが通例でした。

 これが予備校生になると誰も指示してくれません。そこで私は自主的に衣替えの日を6月1日に決め、浪人時代を過ごしました。

 あれは忘れもしない1990年6月1日、大学生になって最初の衣替えです。長袖の服を全部しまい、買ったばかりの半袖シャツにジーンズで、田んぼのあぜ道をキャンパスまで自転車で走ります。それはとても暑い日で、「衣替えして良かった」と、すこし楽しい気分で一日を過ごしました。

 夜はサークルの集まりがあり、盛り上がった私たちは先輩達の車に分乗してドライブに行くことになりました。もう日付は翌日になっています。

 目的地は秋吉台、定番のドライブコースです。半袖の私には少し肌寒かったのですが、どうせ車の中だからと高をくくっていたのです。

 10人くらいで、3台の車に分乗して夜のカルストロードを走ります。

 まだ免許を持っていなかった私は車の後部座席でのんきに音楽を聴きながら、大学生活初の夏に思いをはせていました。

 そのときです。運転していた先輩が叫びます。

 「ああ、やった!」

 見ると前方に横転した別の車が見えます。

 すこし前を走っていた別の先輩の車がカーブを曲がりきれずに側壁に衝突し、そのまま横転してしまったようなのです。

 乗っていた4人のうちの一人は、どこかで切ったのか顔から血を流していますが、命に別状はなさそうです。

 携帯電話などない時代、残った2台のうちの一台が警察を呼ぶために最寄りの公衆電話(何キロも先にある)に向かい、もう一台はけが人を搬送、私たちは横転した車を見守るためにその場に残りました。

 衣替えの季節と言っても、夜の秋吉台はまだまだ寒く、吹きすさぶ夜風に当たりながら凍えます。「衣替えが早すぎた」と、後悔先に立たずです。

 事故をしたドライバーや怪我をした人からみたら何でもないことのようですが、あのときの寒さ、心細さは本当にこたえました。

 やがて警察が到着、私たちは事情聴取を受け、さんざん怒られて解放されました。

 そこから先は記憶があやふやなのですが、結局ほかの車が迎えに来てくれ、夜が明ける頃に下宿に帰り着くことが出来ました。

 いや、夜の秋吉台は怖いものです。皆さんもお気をつけ下さい。

 余談ですが、この2年後、またしても夜の秋吉台で怖い思いをするのです…。が、それはまた別の話。