波乗りクリニック

一般内科・心療内科・在宅医療

三つの愛の形

約 1 分

SONY DSC通常、愛には三種類あると言われます。

「エロース」、「フィリア」、「アガペー」の三つです。

このうち「エロース」は私たちが最も親しんでいるもので、一般に恋や愛と言った場合はこれです。

それ以外に、物欲や向上心を持った願望、「強くなりたい」「立派になりたい」といった願望なども「エロース」に含まれます。

「エロース」とは決して「エッチなこと」だけではありません。(まぁ、それも含むのですが)

つまり、この世のほとんどの欲望は「エロース」でひとくくりに出来ます。

「エロース」=「自己中心的な愛」とも言えます。

次に、「フィリア」ですが、これは日本語に訳すと「友愛」です。

宇宙人だか、火星人だか言われていた政治家が連呼していたので、記憶に残っている人も多いでしょう。

一方通行の愛ではなく、行ったり来たりする、相互通行の愛情です。

「エロース」が自己中心的ならば、「フィリア」は「共存共栄の相互愛」と言えるでしょう。

(なお、医学用語で「○○フィリア」といって、異常性愛を指す場合に「フィリア」が使われることがますが、これは本来のフィリアの意味から逸脱していますので、いまは横に置いておきます。「ネクロフィリア」=「死体性愛」、「ペドフィリア」=「少女性愛」、「ジェロントフィリア」=「老人性愛」 etc)

それはさておき、究極の愛の形が「アガペー」です。

親が子供に注ぐ「無償の愛」、神が人間に与える「無限の愛」が代表で、相手に見返りを求めない愛の形です。

本来、親が子供に注ぐ愛は見返りを求めないものですが、自分が親になってつくづく思うに、自分が子供に注ぐ愛情は「決して無償ではない」と言うことです。

少なくとも私自身はその状態に達していない…。

子供のためを思ってしている行動・言動、少なくとも最初はそう思っていたことも、いつの間にか親のエゴに乗っ取られ、「子供のため」と言いながら、結局は親のための行動・言動になってしまっていることが多いのです。

我が身を振り返り、自分の親のことを考え、また自分の子供のことを考えると、いかに人間の愛が自己中心的な愛か、よくわかります。

常々、「世の中のすべてのトラブルは男女間の問題から生じる」といってはばからない私ですが、最近は「人が生まれて最初に経験する基本的人間関係」、つまり親子関係こそが、世の中のすべてのトラブルの元凶ではないかと、つくづく思うのです。

そして、それが心の病を増やしている…。

親といえどGodではありませんから、「真に無償の愛」というのは無理でしょう。

しかし、できる限りそこに近づくよう努力していくことこそが、負の連鎖を断ち切り、生き生きと人間らしく暮らせる人を増やしていくのではないかと思います。