波乗りクリニック

一般内科・心療内科・在宅医療

「薄れる記憶」

約 1 分

脳昨日は、宇部市医師会の「病診連携総会」があり、夕方の外来は休診としていました。

知らずに来院された患者さん方には、ご迷惑をおかけしました。すみません。

さて、総会が終わり、家内に迎えに来てもらって帰宅。

家でお茶をすすっていると、隣でマンガを読んでいる息子がいます。

期末試験が終わったためか、堂々と余裕でマンガを読みふけっています。

そんな中、マンガから目を離さずに一言。

「みんな、震災、震災って言うのは3/11だけやん。過ぎれば(テレビも)みんな何も言わなくなるよね」

と…。

中学生らしい、ちょっとシニカルで、小生意気な言い草ですが、確かにその通りです。

4年前の今頃は何処のテレビをつけても被災者や原発のニュースばかりを流していたのですが、最近は3/11が近づいてこないと自分たちの意識に上らなくなっています。

自分が薄情な人間になったようで、少しいたたまれなくなります。しかし、これは人が生きていく上で欠かせない防御反応なのです。

すべてを忘れてしまうのはよくないけれども、すべてを覚えておくのも、これまた苦痛が伴います。

「忘れる」というのは人間に与えられた恵みの一つで、これがなければきっと私たちは、記憶の重みに耐えかねてつぶされてしまうことでしょう。

学生時代には「完全記憶能力」を持った人(すべての事象を写実的に完璧に記憶できる人)のことをうらやましいと思ったこともありますが、今ではあまりうらやましいと思わなくなりました。(それはきっと耐えがたく、非常につらいことでしょう)

震災に限らず、世の中にはつらいことは多々あります。しかしそれらの記憶も時間とともに少しずつ薄れていきます。

「時間薬」という言葉もあります。

中学生の息子には「世の中は非情」と移るのかもしれませんが、これも「社会全体の防衛反応」と考えれば納得がいくことなのかもしれません。