波乗りクリニック

一般内科・心療内科・在宅医療

「バック・トゥ・ザ・フューチャー公開から30年」

約 1 分

バックトゥザフューチャー誰にも忘れられない日というのがあります。

あの日あの時、どこでどう過ごしていたのか。

阪神大や東北の震災、地下鉄サリン事件、昭和天皇の崩御の日、もっと年配の人になると浅間山荘事件や敗戦の日など…。

今日はノスタルジーの鎖の名の通り、昔話を。

1985年12月7日(土)

当時、土曜日の公立高校は休みではなく、いわゆる「半ドン」で午前中授業だったのですが、映画フリークだった私は「映画公開初日に観たい!それも初回で!」という、よくわからない強迫観念にとらわれており、頻繁に土曜の学校をサボっていました。(まあ、ただ単に体育の授業がいやだっただけなのですがね)

当事、北九州の市街地を走っていた路面電車から、小倉駅前でモノレールに乗り換えて通学していたのですが、土曜日はモノレールに乗らずに小倉駅前の映画館に吸い込まれていっていたものです。

あとで友人に聞くと、担任教師が「またあいつは映画か?!」と半ばあきれ顔でぼやいていたと言いますから、半分、学校公認の様な気分でいました。(いや、学校をサボってはダメですよ、絶対に!)

さて、忘れもしない、1985年12月7日(土)、運命の日。

これまで、多くの映画を観てきましたが、これほどの興奮を与えてくれた映画はありませんでした。

(そういう意味では、スターウォーズより遙かに多くの影響を私に及ぼしたのですね)

「未来は作ることが出来る!」

単なる比喩ではなく、本当に、自分の未来というのは自分自身でデザインできるのです。
あれから30年がすぎ、自分でデザインした人生を送ってきた私ですが、今が折り返し点です。次の30年を目指して人生を楽しみます。

※パロディーとは思えない出来ですね↓
  もしもバックトゥザフューチャー4が出来たら、観たいような観たくないような…。