波乗りクリニック

手洗いの功罪

2481 views
約 3 分

 この季節になるとどの医療機関でも、「うがい、手洗い、マスク」と呪文のように唱えます。

うがいの効果については疑問視する声がありますので、いずれ取り上げようと思いますが、それは置いておいて、今日は手洗いの話です。

1847年、ウイーン在住の産科医ゼンメルワイスは、産褥熱が「医師の手洗い不足」によることを証明しました。産褥熱は主に溶連菌が産後の膣から侵入することによって起きる感染症なのですが、それまでは分娩室に立ちこめる瘴気が原因と考えられていました。そこへゼンメルワイスが「産褥熱は医師の手洗い不足が原因だ」と発表したのです。

当時は医学生が解剖実習を行った後で、手洗いをせずに内診を行ったりしていたようで、いまからは考えられないことですが、そのために産院でお産した女性の2割が産褥熱で亡くなっていたのです。

弱冠28才の天才、ゼンメルワイスの発見は画期的でしたが、世の中に受け入れられませんでした。ゼンメルワイスはかなりエキセントリックな人で、偏執的にスタッフに手洗いを強要したり、偉い先生方を「人殺し」呼ばわりしてはばからなかったのです。
しかもその手洗いは、塩素系消毒薬をもちいてブラシでごしごしこするやり方でした。消毒としては効果的ですが、たぶんスタッフの手荒れはひどいことになったでしょう。

こんな訳で、せっかくの発見は闇に葬られ、ゼンメルワイスも病院を首になりました。その後、彼は精神病院に収監され(注:現代の精神病院とは全く別物です)、47才でその生涯を閉じました。

20年後に外科医リスターが、「ランセット」に論文を発表し、ようやく手洗いの習慣は広がっていくのです。

どんなにいい発見をしても、その伝え方が悪いと、かえって世に害をなします。そのいい例です。
また、いまでは医療現場で当たり前のように行われている「手洗い」ですが、まだその歴史は浅いのです。

一年を通していろんな感染症がありますので、医療者は一日中手洗いをしています。基本的にはそれで良いのでしょうが、あまりやり過ぎると手荒れがひどくなり、かえって手が不潔になるという仮説もあります。なにが正しいのかわかりません。「何事もほどほどに」、ということでしょうか。

アルコール製剤による手指消毒も、私が研修医の時はアルコールでジャブジャブに濡らし、乾かないうちにペーパータオルで拭き取るように教えられました。いまはとにかく「よく手に揉み込むように」と指導されています(たぶん)。
インフルエンザ対策はアルコール消毒でOKですが、ノロウイルスには塩素系でないと効き目がありません。(と、2014年現在はいわれています。)

ただ、手洗いの習慣も未来永劫かならず正しいかというと、おそらくそうではないでしょう。
「あの頃の野蛮人は手洗いを励行していたらしい」と、軽蔑される日が来るかもしれませんね。

参考図書:
まんが医学の歴史 (日本語)
茨木 保 (著)