波乗りクリニック

「ドレスコードとしてのマスクとネクタイ」

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マスクの供給が難しい状況が続いています。

発症していない人がいくらマスク着用しても「ほとんど意味が無い」のに、皆、マスクを手に入れることに一生懸命になっているようで、感染症対策の本質とは、すこしずれていっている気がします。

「感染症対策」が「マスク・消毒薬入手」にすり替えられてしまっていると。

まあ、一般の医療機関や市民が出来ることは限られていますので、「何もしないよりは良い」との論理で、マスク争奪戦になっているのでないかと思うのですけれど。

さて、一般に使われている外科用マスクは、「医師の唾液を手術中の創部に落とさないこと」を目的として作られていますから、ウイルスは素通りしてしまうわけです。

そうはいっても、くしゃみをしている患者から他者に飛沫を飛ばさない効果はありますから、「感染していて症状がある人」が「きちんとした手順を踏んで」使えばそれなりに効果はあるでしょう。

また、一定のトレーニング、マスクの使い方のトレーニングを受けた集団が使用すれば、予防効果があるともいわれています。

ただ、本気で予防のためにマスクを使おうと思えば、一日に10枚以上は必要になります。

ある一定レベル以上の教育を受けた看護師で構成された、ハイレベルな病棟ならば効果があるでしょう。

しかし、一般の人が装着するマスクは「百害あって一利なし」と私は考えています。(いや、一利くらいはあるのかも…。とにかく害の方が大きいかと)

ウイルスは目に見えませんから、そのマスクがウイルスまみれだったとして、それを付けたり外したり…。

周囲にいる人のマスクの使い方をみていると、そのひどさは気分が悪くなるほどです。

「マスクをつけていないと入店できない店・病院」という設定も上記を考えると意味が無いことが分かります。

そのマスクがどんな物であっても、つけてさえいればそこに入っていけるわけです。

つまり、コロナウイルスに感染していてマスクをしている人は入っていけるけれど、健康そのものでマスクをしていない人は門前払いを食らってしまうわけです。

マスクがドレスコードの一種になっています。

似ているのはネクタイです。

ドレスコードでネクタイ着用が求められる場合があります。

改まったクラシックコンサートなどでノーネクタイ・ノージャケットでいると、実に居心地が悪いものです。

マスクをつけていないと同じような気持ちになります。

マスクは目で見えますから、「つけているかどうかは一目瞭然」です。

しかし、その質は目で見て分かりません。

ネクタイも雑菌やウイルスまみれです。衛生的なことを考えると、その機能を果たしていないネクタイは着用しない方が良いのですが、ドレスコードとしてネクタイは必要です。
(もともと、ネクタイは食後の口のまわりの汚れを拭き取る物だったとか….。)

何処に行くにも、無意味にマスクを求められる時代になってしまいましたが、それは単に「ドレスコード」になっている気がします。

あるいは「免罪符」や「魔除けのお札」になっているのかも?

私も職業柄、エチケットして、ドレスコードとしてマスクを着用することがありますが、そのマスクは意味があるのか?清潔なのか?

どっちでしょう?