波乗りクリニック

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「素数の音楽」 マーカス デュ・ソートイ (著),冨永 星 (翻訳)

約 1 分

素数の音楽 「素数の音楽」は、2,3,5,7,11,13と続く、誰でも知っている、だけど誰にも理解できていない、不思議な数、「素数」にまつわる歴史を綴ったノンフィクションです。素数だけにとどまらず、数学の大きな流れや、もはや哲学と言ってもいいような内容も含んでいます。
 この手のものとしては異例のベストセラー・ロングセラーになってるようで、この秋には文庫化されました。その人気がうかがえます。

 古代ギリシャに始まり、ガウス、オイラー、リーマンといったそうそうたる顔ぶれが素数の謎に挑んできましたが、まだその謎は解明されていません。この本自体も基本的には歴史ノンフィクションのはずなのですが、数学の素養がない私には難しく、半分くらい(傍目にはそれ以下でしょう)しか理解できません。

 素数そのものも興味深いのですが、この本を読んで印象的だったのは「数学のもろさ」について言及された箇所でした。(第八章 頭脳機械)

 私が普段接する「医学」という学問には普遍性はなく、昨日の常識は今日の非常識となり、今日の非常識は明日の常識となります。つまり日々更新される知見に基づいて流動的に動いていく学問で、それが醍醐味でもあります。オスラーやヒポクラテスですら現代医学の観点から見ると、間違った知識を持っていた、あるいは知らないことが多々ありました。それでもその時代の最高の医師・医学者であることにはかわりありません。現代のノーベル賞級の医学者も後には「間違っていた」とされることでしょう。

 医学より、もう少し厳密で普遍性を持っていそうな学問、例えば「物理学」はどうでしょう。アルキメデスやニュートンといった古典物理の世界も、現代物理学の観点では普遍性が低い、あるいは全く別の学問体型なのだそうです。アインシュタインやホーキングといった天才の論文も間違いがあると言われているようで、自分でもそれを認める発言が残っています。

 さて、今回のテーマ「数学」はどうでしょうか?ピタゴラスの定理(三平方の定理)は時代が移ると「間違っていた」とされてしまうのか?数学は厳密な学問なのでそんなことはないだろうと思いますが、どうでしょうか。
 20世紀初頭に活躍した数学者ゲーデルは「矛盾のない理論はあり得るが、その理論に矛盾がないことはその理論の中では証明できない」と述べています。禅問答のようですが、少々不可知論者の素質のある私にはなんとなく感覚的にわかるような気がします。(うまく説明できませんが…)

 数学のような、一見緻密に積み上げられた学問ですら不確かな要素が多いのです。私たち医師・医学者は自分の不確かさを受け入れていくしかないようです。