波乗りクリニック

一般内科・心療内科・在宅医療

その後の新聞配達

約 1 分

nebou 平成25年も、あとわずかです。今年もいろいろなことがありました。一年前、今日という日をこのような形で迎えるとは、全く予想していませんでした。来年の今頃も同じことを考えているのでしょう。

 さて、一年の終わりは失敗話で締めくくりです。以前(12/14)、中学生時代の新聞配達経験について書きました。

 みんながお休みの元日も新聞は休みません。むしろ普段の数倍の厚みに大量の広告を折り込んで配達する必要があります。とても重くて一度では配達しきれませんし、また団地の郵便受けにも入りません。そこで私は2段階作戦をとりました。
 広告は事前に販売店に配られていますので、それを夜中のうちに配ります。そして午前3時頃、販売店に到着した朝刊を再度配るのです。

 紅白も終わり、友人達が初詣に出かける寒い深夜、私は一人で広告を配ります。まだ、暴走族が走っている時間です。いつもより騒々しい街で、いつもの団地に配り終え、時計を見るとまだ朝刊が届くまで2時間くらいはあります。とても眠い状況です。私は仮眠をとることにしました。イラストと併せてお気づきですね。

 そう、こともあろうに、私は寝坊してしまったのです。

 気がつくと、時計は8時を回っています。携帯電話などない時代です。販売店から私に連絡のとりようがありません。急いで販売店に行くと、すでに私の分は店主が配達を終えていました。お客さんから苦情の電話もあったようです。もう平謝りです。店主は笑って許してくれましたが、目は笑っていませんでした。(世の中の厳しさを知りました。というより、自分の情けなさを実感し、落ち込みました。)

 今でも正月が近づくと思いだし、胸がざわつきます。

 それからは時間厳守が私の鉄則です。集合時間は10分前を心がけています。(明治生まれの人みたいですね)
 実際、大学時代には「おまえはターミネーターか」といわれるくらい、正確無比に強迫的に時間コントロールをしていました。

 ともあれ、このように人に迷惑をかけて一年がスタートし、その後も悲惨な一年になりました。
「一年の計は元旦にあり」とはよく言ったモノです。 さて、その後とはいったい何が起こったのでしょう?

 しかし、またそれは別の話…。